
「2022イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」では特別展示として入選作の他に、2019年と2021年にSM出版賞を受賞した二人の作家の作品を展示しています。2019年にはサラ・マッツェティ(イタリア)、2021年にはチュオ・ペイシン(台湾)が受賞し、それぞれ絵本を出版しました。
チュオ・ペイシンはオスカー・ワイルド原作の『漁師とその魂』を元にイラストを描きました。海で出会った人魚に魅了された漁師は、共に生きるための方法を探り、そのためには人間の魂を捨てることが条件であると知ります。漁師は自らの魂を切り離し、人魚の元へと向いますが、魂は肉体へ戻ろうと漁師に様々な誘惑を仕掛けます。誘惑に負けた漁師は、人魚を失い、やがてその悲しみから自らの命も失ってしまう…という悲恋の物語です。
チュオ・ペイシンは、繊細で儚げな作風の作品で2021年に入選を果たしました。本作でもその魅力をいかんなく発揮しています。海岸に打ち寄せる波や、水中に漂う人魚の髪の毛の表現などを緻密に描き、セピア調の暗いトーンで漁師の葛藤や悲しみといった心情を絶妙に表現しています。
チュオ・ペイシン単独の名義で出版された絵本は本作が初めてです。彼女のこれからの活躍が期待されます。
タイトルにもある通りこの作品は大おとこが登場するストーリーです。出品されている5枚の作品いずれにも、大おとこ自体の姿は描かれていませんが、町の家々を覆うくらい大きな影や、大おとこが弾いている通常のサイズの何百倍もあるヴァイオリン(の一部)を描くことで、その存在をほのめかしています。ここに紹介しているのは、海岸に表れた大オトコの足跡を描いた一枚です。足跡を取り囲んでいる小さな白い点はカモメの群れ。この男がいかに巨大か、実感していただけるのではないでしょうか。
この作品は、今年SM出版賞を受賞しました。この賞は、スペインにあるSM出版がイラストレーションコンクールの入選者の中から35歳以下の作家一人を選出して授与する賞です。受賞者には賞金と、SM出版から絵本を1冊出版する権利が与えられます。巧みな構図や確かな表現力、そして見る者をイラストの世界へ引き込む魅力を持っている点が高く評価されました。
マッシュルーム、アーティチョーク、サクランボ、オレンジ…この作品では、野菜や果物が擬人化され、コミカルに描かれています。それぞれのイラストについて作者によるストーリーがついているわけではありませんが、ひょうきんなポーズの野菜達それぞれの関係性やセリフを思わず想像してみたくなる作品です。
マーライ・マリアンは2017年にもイラストレーションコンクールに入選した作家です。既に20冊以上の絵本を出版し、ハンガリー以外の国でも出版されている、勢いのある作家です。彼女のイラストは、ブラチスラヴァ世界絵本原画展や中国上海児童書見本市など各国の絵本関連の展覧会にも推薦されて出品しています。
イラストレーションコンクールの応募作の題材とするストーリーは、オリジナルのものでも既存のものでも構いません。なかには、伝承や民話を題材としたものもあります。この作品はノルウェーの民話『太陽の東 月の西』が題材になっています。貧しい一家の元に現れたクマが、大金と引き換えに末娘を差し出すよう要求します。娘は家族のためにクマと共に暮らすようになりますが、このクマは魔女に呪いを掛けられた王子であることが分かり、娘は一人でこの呪いをとくための旅に出ます。チェン・インジュはこのストーリーから5つの場面を選び、切り絵で表現しました。クマの毛並みや草木の1本1本まで、丁寧に切り抜いて制作された本作では、作者の技巧の確かさを感じとることができます。
イラストレーションコンクールの入選作には、動物が登場する作品が数多くあります。なかでも、犬と猫を描いた作品は毎年必ず入選していると言っても過言ではありません。
犬をテーマにしたこの作品では、主人公の女の子が、もしも犬を飼うなら…という空想で気持ちをいっぱいにして、ビルと同じくらい大きな犬、手のひらに乗るほどの小さな犬、モフモフとした毛で覆われた犬などと過ごす自分を思い描きます。それらの犬は現実の世界にはいない架空の犬ですが、身近な動物を題材にしたこの作品は、想像力を膨らませることで、日常生活を楽しい気持ちで送れることを思い出させてくれます。作者のテレージア・フィロヴァーは、本展で上映中のインタビューでも制作について語っています。是非こちらも合わせてお楽しみ下さい。
イラストレーションコンクールには、未発表の作品だけでなく、出版されて2年以内の作品も応募することが出来ます。本作は既に絵本として出版されている作品で、クマの先生が動物達の生徒たちに「1」の書き方を教える、といったほのぼのとしたストーリーです。手足の形がそれぞれ異なる動物たちは、鉛筆の持ち方や動かし方も様々です。クチバシや足を使って鉛筆を持とうと奮闘する鳥や、ゆっくりとした動きで「1」を書くカメなど、クマの先生は生徒達が一生懸命取り組む様子を見守ります。
各々の個性を尊重して温かく見守る姿勢は、子どもの発達においてとても大切です。この作品は中国の作家によって描かれましたが、住んでいる国が違っても子どもに対する眼差しは共通していることを教えてくれます。
入選作の中には毎年、環境問題を扱った作品がいくつか見受けられます。本作もそのうちの1点。
グアッシュやクレヨンで描かれた色とりどりの魚や珊瑚が描かれ、画面全体にピンク、黄、青、緑の点が散りばめられています。鮮やかな色で彩られた海中は、一見美しい印象を与えます。しかし、魚たちを取り囲む点は、実は海中に漂うマイクロプラスチックを表しています。マイクロプラスチックとは、レジ袋やペットボトルなどプラスチック製品のゴミが微細な粒子となったもの。環境破壊の原因の一つとして世界中で危惧されており、特に海洋汚染に深刻な影響を与えています。マイクロプラスチックが漂う海中で暮らす魚たちは餌と一緒にこれらを体内に取り込んでしまうのです。画面右上に描かれているのは魚を捕獲する網です。捕獲された魚たちはどうなってしまうのでしょうか…
続きは是非会場でご覧下さい。
イラストレーションコンクールに応募回数の上限はありません。そのため、このコンクールに何度も入選する作家もいます。相澤は昨年に続き、2度目の入選となりました。
入選作に描かれているのは愛らしい動物や木のキャラクター達。相澤のアメリカの自宅近くには自然豊かな森があり、樹齢200年のオーク(ナラ)の木があります。相澤は、地域の人々から愛されているこの木にまつわる様々なエピソードから着想を得て、本作のストーリーを思いつきました。水彩絵具のにじみが独自の風合いを醸し出すこの作品は、サンドパステルペーパー(やすりのように表面がざらざらした紙)に描かれています。本来はパステルで描くための紙ですが、相澤は様々な画材を試すうちに、この紙に出会いました。
ボローニャ展では技法についての規定は無いため、毎年様々な画材で描かれた作品を目にすることが出来ます。なかには独自に編み出された技法もあり、それぞれの作品がどのように制作されているのか、間近で見ることが出来るのも本展の魅力の一つです。
アスカニア・ノヴァ自然保護区はウクライナ南部に位置します。広大な平原の中には動物園、植物園、自然保護のための研究施設などがあり、ウクライナを代表する自然景観で有名です。本作には、平原で生息するシマウマやシカといった野生動物や、この保護区での出来事が描かれています。世界中から集まった入選作は、本作のように各国の景観や風土を描いたものも多く、イラストを通して様々な国の文化を知ることが出来ます。
今年のブックフェアでは、ウクライナの出版社を支援するブースや、戦時下の子どもの本に関する講演会など、ロシアによるウクライナ侵攻をうけたイベントが急遽開催されました。「イラストレーションコンクール」の審査はウクライナ侵攻時には既に完了しており、ウクライナとロシア両国の作家の作品が入選していました。ロシアの作家の作品展示について、ブックフェア事務局は審査員らと協議を行った結果、「ブックフェアは対話と掛橋になる場を目指す」という判断のもと、両国の作品を展示する決断を下しました。
「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」では、イラストレーションコンクールの審査やブックフェアの会場の様子、入選者のインタビューの映像を毎年上映しています。コロナ禍以降、入選者のインタビューはオンラインやアトリエに訪問して取材を行ってきましたが、今年は3年ぶりに開催された現地のブックフェア会場で収録することが出来ました。
5名の審査員には、各自が選考の際に大切に考えている基準や、今年のコンクールから感じたイラストの傾向を語っていただきました。会場を訪れていた入選者へのインタビューでは、作品の背景や使用した画材など、作品をより楽しむためのエピソードを知ることができます。
動画はこちらからもご覧いただけます