


チャン・シャオチーは今年で3回目の入選となりました。可愛らしいキャラクター造形と明るい配色での作画を得意とし、絵本の出版が盛んな台湾で活躍している作家です。作者は2019年に東京でのアーティスト・イン・レジデンスのために来日しました。レジデンスの期間中、作者は後ろ向きな感情にとらわれ、それらから解放されて自由になるために、実験的な絵本を制作しました。それがきっかけとなり、本作が生まれました。
作品に登場する白いフワフワとした生き物の後ろには、作者が振り払いたかったものを象徴するかのようなオレンジ色の3つの点がつきまといます。白い生き物は、この点から逃れようとし、様々な行動を起こします。物語の結末では、思いがけない出会いや周囲のサポートもあり、これらの点から自由になります。
何かから自由になるための過程でもがき苦しんだ時、周囲からの支えにより克服出来た経験は誰しも少なからずあるのではないでしょうか。優しい色遣いで朗らかな雰囲気を持つ本作は、私たちに寄り添い、そうしたかけがえのない記憶を思い出させてくれます。

ボローニャ展の図録の表紙は、ブラチスラバ世界絵本原画展と国際アンデルセン賞の受賞者が、交互に手掛けます。今年は、2024年にアンデルセン賞の画家賞を受賞したシドニー・スミスが表紙画を担当しました。
作者は図録に掲載されているインタビューで、次のエピソードを語っています。
・重圧に押しつぶされそうになったこと
・ボローニャ展の図録に若い頃から刺激を与えられてきたこと
・ボローニャ展の図録のためになにが出来るか考えたこと
・絵を描くなかで探し求めているものは皆同じではないか
・それは作品づくりに没頭しているときにやってくる、自由な心と崇高な安らぎである
そうした思いを表現したのがこの作品です。窓から差し込む柔らかな光の中で無心に絵を描く二人の子どもは、作者の子どもをモデルにしながら、作者自身の幼少期も投影したといいます。さらに、そこにはボローニャ展に入選したアーティストたちの姿も重なります。
特別展示では、この作品のほか、これまで手掛けた絵本の原画やスケッチ類、手帳などを展示しています。

イラストレーションコンクールの応募に技法の規定はないため、ボローニャ展では様々な手法で制作された作品をご覧いただけます。今年も、絵具やペンといったお馴染みの画材を用いたものから、フェルトを貼ったり刺繍を施したもの、デジタルツールを駆使したものなど多彩な作品が集まりました。そんななかでも、アナログ技法のみで制作された作品は作者の技術力の高さを実感することが出来、毎年注目を集めます。
今年の入選作のなかで、巧みな技を実感出来る作品の一つが本作で、下地をアクリル絵具で薄く塗り、そのうえから色鉛筆で着彩しています。逆光となってシルエットのみが浮かび上がる樹木や、草地に伸びる影は紺色や濃緑色が塗り重ねられ、光とのコントラストが際立ちます。繊細な筆致を間近でぜひご堪能ください。

本作は母と娘がバイクでドライブしながら不思議な一夜を過ごす物語で、今年(2025年)に絵本が出版されました。ここで紹介している場面では、夜の街をバイクで駆け抜ける様子が描かれています。作者は、バイクのテールランプは後方に流れるように描くことで疾走感を、音を表す文字を様々な形や色で書くことで街の喧騒を表し、スピードや音といった絵にするのは難しい形のないものを、見事に表現しました。
絵本は、モーリーン・シェイ・タジサールが文章を執筆し、イシタ・ジェインがイラストを描きました。モーリーンが南インドのタミル・ナードゥ州に住む母のもとで過ごした夏休みの想い出が物語のベースになっています。このイラストを手掛けたイシタは、その土地を訪れ、風景のスケッチなどをして数ヶ月過ごしました。絵本を彩るイラストが幻想的でありながらもどこかリアリティが感じられるのは、作者の丹念な取材による成果と言えるでしょう。

イラストレーションコンクール入選者のなかから35歳以下1名に与えられるSM出版賞では、スペインのSM出版から絵本を出版する権利と制作資金15,000ユーロが授与されます。今年の特別展示では、昨年この賞を受賞したエンリケ・コゼール・モレイラが出版した絵本『空と大地のダンス』の全ページのイラストを展示しています。
この絵本は作者がこれまで出版してきたサイレント・ブック(文字のない絵本)と同じ形式です。この絵本のイラストには原色のような9色しか使われていませんが、それらが場面ごとに効果的に用いられることで、シンプルな絵柄でありながらも起伏に富んだ構成になっています。
ストーリーは、ブラジルの先住民の儀式に着想を得て制作されました。この儀式は、自然と人間の調和の回復を目的としています。本作では、環境が汚染された世界で孤立してしまった人間が、自然と対話を重ねることで生きる喜びを取り戻し、自然と共に再び歩み始める物語が描かれています。この作品は、人間らしさとは何かを問いかけ、人間も自然の一部であることを思い出させてくれる作品です。

この作品には、ありとあらゆるものがピンク色に染まっている町が描かれています。ビルや教会など全てピンク色の建物が立ち並び、そこではゾウもピンク色に塗られています。作者が現在活動拠点としているフランス南部の都市トゥールーズは、建築物の多くにレンガが使われていることから「ピンク(バラ色)の町」という愛称で親しまれています。ピンク色が好きな作者が実際に「ピンクの町」に移り住み、ピンク色に囲まれて暮らすなかで、本作のコンセプトを思いつきました。
ペールピンクやコーラルピンクなど、発色が鮮やかなマーカーで彩られた本作は、会場でひときわ目を惹きます。下絵や輪郭線は描かずマーカーで直接描くことにより、のびやかなフォルムが生まれ、ピンク色と調和することで全体が温かみのある雰囲気で満たされています。ピンク色以外の色の用い方も絶妙で、ピンク色がより引き立って見えるような配色からは、作者の優れた色彩感覚が窺えます。

本作に登場するのは、宇宙から地球にやってきたマイクロウサギ。手の平サイズの小さなウサギたちは民家のなかを探検し、食卓に並ぶスパゲッティを発見します。初めて食べる地球の食べ物は、どうやらお気に召した様子です。困った侵入者ですが、仲良く食べている姿は勝手な食事を思わず許してしまいそうな愛らしさがあります。
作者は架空の生き物を、まるで実在しているかのように写実的な作風で描くのを得意とし、博物画のように描いた想像の生き物のイラストを発表してきました。本作では、ウサギたちの動きをコミカルに描くことで、より好感が持てるキャラクターづくりがなされています。マイクロウサギたちは、今もどこかで美味しくスパゲッティを食べているかも…そんなことを想像させてくれる、ユーモアのある作品です。

イラストレーションコンクールの応募には、未発表の作品か絵本になって2年以内の作品に限る、といった規定があります。そのため、戦争や環境破壊など、今まさに世界中で直面している問題を取り扱った作品が入選することがあります。
マリア・ハイドゥクは今年の最年少入選者で、ウクライナのリビウにある美術学校でイラストとメディアデザインを学んでいる学生です。架空の動物たちが殺されて様々な商品や食べ物に加工されるストーリーを描いた作品で入選しました。目をそむけたくなるような社会問題を直視し、声をあげていこうとする作者の強い意志が感じられる作品です。
2025年のSM出版賞も受賞した作者が、今後どのような活躍を見せてくれるのか、注目が集まっています。

イラストレーションコンクールは、5点1組の作品を応募する、といった決まりがあります。5点でストーリー性を感じさせる表現となっているか、という点は審査の際に重視されるポイントの一つです。
本作は、ゾウと陶器、自転車と画鋲、裸足とレゴブロック…といったように、一見何も関連のないようなものが左右に配置されたイラストで構成されています。しかし、それぞれの組み合わせからお話を想像してみると、思わず「あっ!」と驚くような展開が予想される共通点があります。作者は猫の絵と花瓶の絵を向かい合うように飾った時に、相性の良くないもの同士を組み合わせて、イラストのみで鑑賞者に想像を促すという、本作のコンセプトを思いつきました。
国や文化の壁を越えて多くの人が共感できる作品が、今年も多数入選しています。イラストで通じ合える、そんな喜びを感じられるのもこのボローニャ展の魅力の一つです。

ロレンツォ・サンジョは2023年に《物語のすごい力》(作品紹介はこちら)で初入選を果たし、そこに登場する擬人化されたネコの愛嬌ある姿が、多くの鑑賞者の心を掴みました。2回目の入選となる本作でも愛らしいキャラクターを描くのを得意とする、彼の本領が発揮されています。細部まで描きこまれた動物たちの表情豊かな様は見どころの一つです。また、本作では風景も丁寧に描きこまれ、作者が着実に力をつけてきていることがうかがえます。
イラストレーションコンクールは何度でも応募出来るため、この作者のように複数回入選することがあります。数年越しの再会で、イラストレーター達の成長や活躍ぶりを目の当たりにすることができるのも、ボローニャ展の楽しみ方の一つといえます。これからを応援したくなる、「推し」イラストレーターを是非探してみてください。

入選作に描かれたイラストの主人公は、人間や動物などさまざまです。そんななかで異彩を放っているのが、ジャガイモが主人公の本作。ジャガイモたちが海辺で釣りやダンスをして遊ぶ様子がユニークに描かれています。芽が出て見た目は良くないけれど、明るく前向きに今を生きるジャガイモたちの姿は、エネルギッシュで魅力的です。作者は、ありのままの自分を受け入れることで、人生を喜びと希望あるものにしてほしい、と願ってこの作品を描きました。
イラストレーターたちは、様々な想いを込めてイラストを描いています。国境を越えて、イラストはそのメッセージを私たちに伝えてくれます。

ボローニャ・チルドレンズブックフェアで開催されているイラストレーションコンクールには、毎年世界中から応募があります。今年は過去最多の4,374組の応募があり、29カ国・地域の76組が入選を果たしました。そのうち7カ国13名は、近年入選者数が増えている中南米の作家です。
本作は子どもの権利をテーマとした展覧会「¡NIÑAS Y NIÑOS TENEMOS DERECHOS! (子どもたちには権利がある!)」のために制作されました。かつてチリでは、思想が抑圧され、多くの人々の人権が踏みにじられた独裁政権の時代がありました。展覧会は、そうした歴史を繰り返さないために企画されました。会場では、子どもたちが展示を楽しみながら、自らの権利について考える契機となるような体験が出来るように、入選作に登場する生き物たちの立体物が展示されています。ポップでカラフルな生き物たちのデザインは、子どもたちに親しみやすさを抱かせ、彼らの好奇心を刺激します。その様子は、当館で上映する入選者のインタビュー動画でご覧いただけます。
本作のように、作品が制作された背景には、その国の歴史や政治が関わっている場合があります。ボローニャ展は、各国のイラストの動向を知ると同時に、さまざまな国の現在を知ることが出来る場でもあるのです。