机いっぱいに鉛筆、ペン、筆、クレヨン、絵の具など様々な種類の画材が広げられ、親子が一枚の紙に向き合っている様子が描かれています。「いまからどんな絵を描こうか?」親子の楽しげな会話が聞こえてきそうな本作は、作者が娘と共に過ごす時間にインスパイアされて生まれました。アーティストでもあり一児の母でもある作者は、日々幼い娘と空想の物語を語り合ったり、一緒に絵を描いて過ごしています。娘の絵に刺激を受けることも多く、子どもとの時間は作者の創作活動に大きな影響を与えました。
作者は「面白いキャラクターを描くことや、読者が何度も読んでいるうちに初めて発見するようなモチーフを絵の中に潜ませること」を、絵本を作るうえで大切にしていることの一つに挙げています。この作品でも、画材の隙間の至るところに小さな動物や小人が隠れているので、是非探してみてください。
また、本作の右下に描かれている机の引き出しには、子どもがいたずらしたような落書きが描かれています。細かい部分ではありますが、幼い子どもと過ごす作者ならではの視点と遊び心が感じられます。
ボローニャ展の入選作には、作者が5点それぞれの作品に短い文章を付けているものがあります。この文章を読みながら、作品を鑑賞するのもボローニャ展の楽しみ方の一つです。
博物館を舞台にした本作には、人に似た不思議なキャラクターたちが展示を見ている姿が描かれています。この場面では、たくさんの来館者が一列に並び、その先に貝殻が一つだけ展示されています。作者はこのイラストに「海の音を聞く唯一の方法が、博物館に行って貝殻からその響きを聞くことだったら…」という言葉を添えました。この世界では「海」がなくなってしまったということでしょうか?それとも「海」に行くことが出来なくなってしまった世界なのでしょうか?
地球上の多くの場所で環境汚染が進み、警鐘が鳴らされている昨今、「海」が身近でなくなってしまった世界は、私たちにとって遠い未来ではないのかもしれません。ボローニャ展では本作以外にも環境問題をテーマにした作品が入選しています。
ブックフェアではイラストレーションコンクール以外にも様々な企画が行われており、今年は385本の主催イベントが開催されました。その中の一つが、児童書を対象としたラガッツィ賞の授与です。今回の特別部門のテーマは「海」で、優秀賞に『死んだかいぞく』(2020年、ポプラ社)が選ばれました。ブックフェアでは展示されていなかったこの絵本の原画を当館では全てご覧いただけます。
本作は、船の上で海賊が殺されるという不穏な場面から始まります。海賊は海底へと沈む途中、サメやタコなど海中のさまざまな生き物たちと出会い、身につけている物や身体の一部を分け与えていきます。海賊と生き物たちとの間で交わされる会話や、海賊の心情の移り変わりは、「死ぬこと」だけでなく「生きること」についても考えさせてくれます。
この絵本は作者が学生の頃、実際に沖縄の海で泳いだり潜ったりして考えたお話がベースになっています。そうした実体験を踏まえ、作者は海の色や水がゆらめく様子を透明水彩絵具や万年筆のインクなど、様々な青色の描画材を駆使して表現しました。海賊が深海へと向かうにつれて、背景に塗られた海の青色は濃さを増していきます。海賊が海底に辿り着いたとき、そこにはどのような景色が広がるのでしょうか。原画ならではの色彩の美しさとあわせて是非ご覧ください。
2023年のSM出版賞にはイタリア出身のアンドレア・アンティノーリが選ばれました。ボローニャ展では、この受賞を機に出版した絵本の原画を特別展示としてご紹介しています。作者は、これまでにも多くの絵本の仕事に携わってきましたが、この作品で初めてサイレント・ブックス(文字がなく絵のみで構成された絵本のこと)の制作に挑戦しました。
本作は、夜の森が舞台になっています。森のなかでキャンプをしている男性がテントの中で眠りにつくと、動物や虫などが次々とやって来ます。宇宙人や魔女もやって来て、不思議な森の夜は賑やかに更けていきます。物語やセリフが書かれていないため、想像力を働かせながら自由な発想で楽しめる作品です。
会場では、この作品の制作時に取材した動画を上映中です。作者が様々な画材を使い分け、細かな部分も描きこんでいる姿が収録されています。どのようにして作品が制作されたのかを知った後で、再度作品を見返すと違った発見があるかもしれません。
動画には、作者が森を散策してキャンプをする場面も収められています。もしかしたらこのお話は作者自らが体験したことなのかも…?思わずそんなことを想像させてくれる、楽しい構成になっています。
イラストレーションコンクールの入選者のうち35歳以下の若手作家1名に、スペインのSM出版によって毎年賞が授与されます。受賞者はSM出版から絵本を出版する権利と制作資金としての賞金15,000ユーロが与えられ、翌年のブックフェア会場で出版を記念した個展を開催されます。今年はブラジル出身のエンリケ・モヘイラが受賞しました。作者は入選時は25歳。イラストレーションコンクールには2年連続の入選となり、昨年はラガッツィ賞の入賞も果たしました。今後ますます活躍が期待される作家です。
この作品は虫の視点で描かれた世界が題材となっており、作者が得意とする限られた線と色で全体が構成されています。シンプルな作風ですが、全体にゆるい空気感が漂い、自然とリラックスした気持ちにさせてくれる魅力があります。
本作の主人公はペンギンの女の子「ウマミ」。魚を食べ飽きた彼女は、他の食べ物を求めて冒険に出ます。冒険の先で出会ったのは、様々な料理と数々のスパイス…。これまで食べたことがなかった料理を口にし、初めて体験する味に興奮を隠せないウマミの様子が表情豊かに描かれています。
「ウマミ」という名前は、味をあらわす5つの味(甘味・酸味・塩味・苦味・旨味)の内の1つ「旨味」に由来しています。「旨味」は1908年に日本人の池田菊苗博士によって、最後に発見された味覚です。このエピソードを知った作者は「ウマミ」という名前の主人公が新たな味を見つけるストーリーを思いついたと言います。
本作に見られる愛らしいキャラクター造形は、この作品の魅力の一つでもあります。作家は、キャラクターを考える時に、子どもでも真似をして描きやすいようなシンプルなデザインを心がけていると言います。また、絵本を作る際は、絵本が親と子の会話のきっかけになることを大切にしているそうです。読者である子どもに寄り添った制作の姿勢が、この作品の隠し味となっています。
イラストレーションコンクールでは、作品の題材は自由です。作者が考えたオリジナルのストーリー、民話や歴史に基づいたもの、戦争や環境破壊といった私たちが現在抱えている問題と向き合ったものなど、毎年多様な題材の作品が集まります。ロシアによるウクライナ侵攻が始まってからは、戦争を題材とした作品の入選が目立つようになりました。本作もそのうちの1点です。
この作品には画面いっぱいの小麦畑の上空に現れた戦闘機の大きな影と、小麦の収穫に勤しむ人々がその機影を見上げている姿が描かれています。人々は作業の手を止め、無表情で呆然と立ちすくんでおり、暮らしを一変させてしまう戦争の足音が近づいてきたことへの不安が一枚の絵に表現されています。戦争を非難する強いメッセージが伝わってくる1点です。
「ガンビアーハ」とは、困ったことが起きても頭を使って解決しよう、という意味があるポルトガル語です。例えば、何かが壊れたときにはその場にあるもので即席で対処したり、本来の用途とは異なる新たな活用方法を見出したり…といった具合です。この自由で前向きな考え方は日常の可能性を広げてくれます。本作では、自転車を様々な方法で活用する人々を描くことで「ガンビアーハ」の精神を表しています。ここで紹介しているイラストでは、なんと自転車に物干し竿が取付られています。自転車を走らせるついでに洗濯物を乾かすのでしょうか。なんとも愉快な発想です。
翌年のブックフェア会場やパンフレットのイメージを象徴するイラストを手掛けるためのヴィジュアル・アイデンティティを担当する作家を、入選作家の中から選出する企画が2017年より始まりました。この企画は、ブックフェアの空間を作るうえで重要な役割があるだけでなく、入選作家の活躍の場の一つとしても機能しています。今年はブルーノ・ジ・アルメイダが選ばれました。この作家の特徴である色鮮やかなイラストが、2025年のブックフェア会場をどのように彩るのかが楽しみです。
ボローニャ・チルドレンズブックフェアで開催されているイラストレーションコンクールには、画材に関する規定はなく、毎年様々な技法で制作された作品が入選します。作品に用いられている画材や技法に注目するのも、この展覧会の楽しみ方の一つです。
本作はテンペラ(顔料を卵液で練って作った絵の具で描く技法)で描かれており、テンペラ特有の明るく鮮やかな発色がひときわ目を惹きます。そして白い大きな獣の「ピピ」の体には、細やかな筆の跡を見ることが出来、隅々まで気を配って描かれたことが分かります。ちなみに、「ピピ」は作家がかつて飼っていた愛犬にインスピーレーションを得て生まれたキャラクターです。この作品全体にどこか温かみが感じられるのは、アナログ技法ならではのタッチだけでなく、今も愛犬をいとしく思う気持ちが「ピピ」を通して伝わってくることも理由の一つと言えるでしょう。
作家は台湾にも活動の拠点を起き、作家活動の他、出版社を立ち上げて自身の出身地のチェコの絵本を台湾に普及させるなど、絵本を通して両国を繋ぐ活動を精力的に行っています。本作は台湾で既に出版されていますが、この度チェコでの出版も決まりました。